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視覚文化連続講座シリーズ2 
第7回「視覚文化を横断する」
講座レポート

会所・床の間・水墨画

並木 誠士
(京都工芸繊維大学美術工芸資料館館長)

日時:2022年3月19日(土曜)午後2時から3時30分
会場:平安女学院大学京都キャンパス
主催:きょうと視覚文化振興財団 京都新聞社
協力:平安女学院 京都新聞総合研究所
連続講座も、今回で7回目。コロナと付き合いながらで大変ですが、皆さん、熱心に参加されています。ありがたいことです。さて、今日の講座は、皆さんにとって身近な床の間の歴史がテーマです。担当の並木さんは、日本美術史の研究者で、16世紀という、中世から近世への移行期を中心に、幅広く、多様な美術の魅力に関心を寄せておられます。
「床の間」とは、客間などで、床を一段高くし、正面に書画をかけ、床板の上に置物や花瓶などを飾るところ。客をもてなすための展示空間です。並木さんは、この展示空間の淵源を室町時代の会所に求めて、たくさんの文献を手がかりに、その誕生の経緯を、分かりやすく説明されました。まず、会所について、小学館『日本国語大辞典』は、次のように記しています。


公家、武家、寺社の住宅に設けられた施設の一つ。
室町初期に特に発達し、歌会、闘茶、月見等の遊戯娯楽のための会合に用いられ、唐物、唐絵などを多数陳列する座敷飾りがなされた。


この説明で、会所は「施設」とされています。もってまわった言い方で、不安になります。案の定、最初は、複数の部屋であったのが、そのうちに、独立した専用の建物が建てられるようになり、「唐物」と呼ばれるコレクションを展示するために、さまざまな仕掛が考案されました。出窓風の展示ケースとして、付け書院が造られ、違い棚が設けられ、そして、仮設的な展示のために、「押板」と呼ばれる厚くて長い板が畳の上に取りつけられました。これが、床の間の床板の淵源です。
興味深いのは、これらの設備を使って展示された「唐物」と呼ばれるコレクションです。コレクションについては、クシシトフ・ポミアンの『コレクション/趣味と好奇心の歴史人類学』(吉田城・吉田典子訳、平凡社、1992年)がいろんなことを教えてくれます。要するに、コレクションの役割は、今、観賞者の前にある「目に見えるものA」によって、何か「目に見えないものB」、すなわち、今、ここにはない、時間的/空間的に隔たったものを見せることにあるというのです。
ちょっと寄り道ですが、例えば、あるタレントが大好きなファンがいて、そのファンがタレントに関連するモノとして、ブロマイドや本、紙コップ、毛髪を集めているとしましょう。紙コップや毛髪を集めているとなると、かなりのオタクですが、ポミアンの考え方を借りると、これらのモノAは、目に見えないものBであるタレントと、次のような4種類の関係を保っていることになります。


(1)AはBに似ている(類似性)。~このブロマイドはタレントを写したものである。
(2)AはBの産物である(由来性)。~この本はタレントが書いたものである。
(3)AはBに近い(近接性)。~この紙コップはタレントが口を付けたものである。
(4)AはBの一部である(部分性)。~この毛髪はタレントの一部である。


ポミアンによれば、コレクションを構成するモノAは、必ず、目に見えないものBと、このような4種類の関係のうちの少なくとも1つを保っています。「少なくとも1つ」というのがミソで、そう言えば、タレントのサインは、(2)タレントが産出したものであるとともに、(3)接触したものでもあることによって、2つの関係を保持しています。この種の関係が多いほど、貴重なモノとして価値が高いというわけではないと思いますが、少なくとも、タレントが書いた本にサインがあれば、サインのないものよりは価値が高いことだけは確かなようです。
さて、前置きが長くなりました。「唐物」とは、平安時代には、中国製品あるいは中国経由の輸入品のことを指していましたが、その後、輸入品一般を指すようになりました。とは言っても、中国に関連するものが中心であることに変わりはありません。「中国に関連するもの」というのが、微妙な言い方で、ポミアンの文脈では、「唐物」は、「中国」という、限られた人しか見たことも、行ったこともない国と、少なくとも4つの種類の関係を保っているモノと定義されます。例えば、並木さんが紹介された、馬遠や夏珪といった南宋の画家の伝承作品で、日本の室町画壇に大きな影響を与えた山水画は、(1)中国の風景を、(2)中国人が、(3)筆を手にして、(4)中国の紙や墨を用いて描いたモノですから、なんと4種類の関係で、観賞者に「中国」を見せていることになり、まことに貴重なモノとみなされたはずです。書や工芸品(模様として中国を描くものは除く)もまた、(1)の関係はありませんが、それ以外の(2)から(4)の関係で「中国」を見せてくれることになるでしょう。
では、公家や武家、また寺社の住宅で、なぜ、客をもてなすために「中国」が展示されたのでしょうか。寺院が「仏」を、神社が「神」を展示する空間であったと言うと、まあ、当然のことかもしれませんが、会所や床の間で展示されたのが、なぜ、中国であって、渤海や新羅ではないのか、なぜ、珍しい自然物や、由緒ある記念物、また、日本の書画や工芸品ではないのか・・・。おそらく、当時の展示者と観賞者が「目に見えないもの」である「中国」について共有していた「思い」が、尊重されるべきものであったからにちがいないとは思うのですが、ちょっと立ち止まって考えてみたいものです。いずれにせよ、並木さんが仰っていたように、展示者は、貴重な「唐物」を通して、観賞者に「中国」を見せることによって、自らの権力を誇示しようとしたことは、まちがいなさそうです。というのも、展示者こそ、貴重な「唐物」を輸入する者として、それに接触してはじめて、観賞者は思い入れの深い「中国」を見ることができたのですから・・・・・。身近な床の間について考える機会を与えていただいた並木さんに感謝します。(K)



【会場の様子】
会場の様子。寒い日と暖かい日が交互にやってくる季節ですが、この日の教室は適温で、皆さん、ゆったりと寛いだご様子です。スクリーンに映っているのは、ともに15世紀末に、小栗宗継が大徳寺養徳院に描いた襖絵で、上が「山水図」、下が「芦雁図」(ともに、現在は、京都国立博物館蔵)です。並木さんのお話は、「唐物」から、唐物を手本にして日本の絵師が描いた「唐絵」へと及んでいます。キーワードは「筆様制作」。当時の絵師は、注文に応じて、中国の画家の様式を描き分けていて、上の「山水画」は夏珪様、下の「盧雁図」は「和尚様」すなわち「牧谿様」です。

スクリーンに映っているのは、スライドの続きで、上は小栗宗継の「芦雁図」、下はすべて、牧谿(中国・13世紀)の伝承のある作品で、左から「双鳩図」(個人蔵)、「竹雀図」(根津美術館)、「叭々鳥図」(出光美術館)、「叭々鳥図」(MOA美術館)、「叭々鳥図」(五島美術館)です。お話は、ここら辺りから、山水/人物/花鳥という主題が、それぞれ楷体(馬遠・夏珪様)/行体(牧谿様)/草体(玉澗様)という画体で描き分けられるようになり、格付けされたことに及びます。面白いですねえ。ところで、今気付いたのですが、並木さんは、スクリーンの右側に立って、お話をされています。これまで、お話しされる方は、向かって左側の机に座って、パソコンを操作されながらでしたから、はじめてのケースです。もっとも、前年度の須田さんも、向かって左側に立って話をされていましたが、パソコンは司会者が操作を行っていました。今回は、机に誰も座っていないということは、並木さんが、パソコンをリモートコントロールされていたということ。流石ですねえ。

講座が終わって、恒例の抽選会です。今回は、京都国立近代美術館で、3月23日から5月8日まで開催予定の「サロン!雅と俗-京の大家と知られざる大坂画壇」展のチケットが2枚、そして、いつものように『月刊京都』(白川書院)が5冊、提供されました。写真は、抽選に当たって、『月刊京都』を取りに来られた方が、ついでに、並木さんに質問されているところ。たしか、押板に展示されていたのは、花瓶などの陶磁器以外に、どのようなモノがあったかというご質問。並木さんの左手は、ちょっとした攻防戦を展開中であることを示しています。

【連絡先】

きょうと視覚文化振興財団事務局

〒611-0033 宇治市大久保町上ノ山51-35
Tel / Fax:0774-45-5511
Mail:info@kyoto-shikakubunka.com