【目次】
- 1
表装の機能と歴史
- 東アジア絵画・書跡の基本的形式(掛軸・巻物・屏風・扁額)/表装は作品を支え保護/掛軸表装の形式
- 2
住友コレクションの表装——邸内を彩った掛物
- 表装各部の名称/相阿弥/南都松屋甚十郎添文(寛文5年[1665])/住友家の床の間/住友家の掛軸管理台帳/春翠の鑑蔵印
- 3
表装を仕立てる——生まれ変わった佐竹本三十六歌仙絵
- 佐竹本三十六歌仙絵とは/佐竹本分割時の所有者(大正8年)/住友吉左衛門(15代)が入手した重要文化財《佐竹本三十六歌仙絵切 源信明》伝藤原信実筆(鎌倉時代)
- 4
表具師の仕事——総合プロデューサーとしての井口邨僊
- 書画を表装する/画家との仲介役(実力ある大阪画壇の画家を春翠に紹介して作品を斡旋、画家たちの支援にもつながった)/諸芸をともに愉しむ(自ら絵画揮毫を楽しむ。指頭画の名手。俳句にも通じる。作品を贈りあい、賛を交わして合作した。)/邸内のデザイン(天王寺茶臼山邸をはじめ、住友家の邸宅の襖や道具を仕立てた。唐紙や引手、木製建具まで室内をトータルコーディネートした。)
【参考文献】
京都大学総合博物館・京都文化博物館編『日本の表装』
(京都大学総合博物館・京都文化博物館、2016年)
岩﨑奈緒子・中野慎之・森道彦・横内裕人編『日本の表装と修理』(勉誠出版、2020年)
濱村繭衣子『表装ものがたり——書画を彩る名脇役を知る』(淡交社、2023年)
岡岩太郎「表具のレトリック──取り合わせで一体化する主役と脇役」
(『美術フォーラム21』)第44号、一般社団法人美術フォーラム21、2021年)
【報告】
今回のテーマは、掛軸と中心とした美術品の表装/表具です。講師の実方さんは、日頃、泉屋博古館で住友家のコレクション——多くは住友家第15代当主・住友春翠(吉左衞門友純、1864-1926)が明治時代中頃から大正時代にかけて集めたもの——に接していらっしゃることから、経験に裏付けられた興味深いお話を伺うことができました。まず、「よい表装」とは、裂(裁断した織物)そのものが美しいこともさることながら、作品(本紙)とマッチして、作品を引き立て、「かかりがよい」、すなわち、表装に適度な厚みと硬さがあって、掛けたときの姿が歪(ゆが)まず、撓(たわ)まず、しゅっとしているものなのだそうです。このような言い方は、ちょっぴりですが、表装された掛軸を人に喩える擬人法に通じているような気がします。
「掛軸表装のみどころ」(泉屋博古館提供)
そう言えば、実方さんは、掛軸表装の部分について説明するときに、本紙を人の頭部?、本紙を上と下から挟む横長の細い布である「一文字」をネクタイ、本紙を取り囲む「中廻し」をシャツ、さらにそれを上と下から挟む「上下(天地)」をスーツに喩えていらっしゃいました。これは歴とした擬人法。実方さんにとって、よく表装された作品というものは、身嗜みのよいスーツ姿の男性なのですね。ひょっとすると、実方さんは、表装された掛軸そのものを、作品を収集し表装を依頼した住友春翠その人として見ていらっしゃるのかもしれません。「擬人法」とは「人間でないものを人間に見たてて表現する修辞法」のことです。したがって、実方さんは、掛軸が語りかけてくる言葉に耳を澄ませたり、掛軸に語りかけたりもしていらっしゃるのでしょう。どんな会話をされているか、今回のお話は、その一端を覗わせるものでした。
今回のお話のもうひとりの主人公は、春翠が信頼を寄せていた表具師井口邨僊(1867-1941)です。天保元年(1830)、曽根崎に創業し、慶応年間から船場を拠点として数多くの仕事を手がけた表具の老舗・井口古今堂の五代目です。邨僊の活動は、近年、その仲介者としての役割——作品(制作者)と受容者(収集家)とをつなぎ合わせる働き——が注目されるところとなり、いくつかの展覧会が開かれています。泉屋博古館でも、本年11月3日から特別展「表装の愉しみ——ある表具師のものがたり」が開催される予定です。今回のお話を踏まえて、是非とも、観に行きたいところです。今回のお話の趣旨とも通底していますので、館のホームページに掲載されている告知文を引用しておくことにします。展覧会が成功することを祈るばかりです。(K)