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視覚文化連続講座シリーズ4 
第3回「暮らしの中の視覚文化」
講座レポート

江戸時代のきものにみられる恋模様

河上繁樹
(関西学院大学教授)
日時:2023年11月11日(土曜)午後2時から3時30分
会場:ハートピア京都
主催:きょうと視覚文化振興財団 京都新聞社



いつもは、冒頭に、講師の方の写真を掲載することにしているのですが、今回、適切な写真がありません。すみません。そこで、ご本人に代わりまして、河上さんの著書『装いの美術史——織りと染めが彩なす服飾美』(「関西学院大学研究叢書」第250編、思文閣出版、2023年3月)にご登場願います。340頁フルカラーとは、すばらしい。
【目次】
1.
小袖の文様構成 桃山~江戸時代前期
(1)桃山時代の小袖【16世紀】区画対称配置・文様充填
(2)慶長小袖【17世紀】区画非対称配置へ
(3)寛文小袖【17世紀後半】区画解放
2.
遊女や若衆が着た橋模様のきもの
3.
宇治橋は、恋のキーワード
4.
きものに見られる橋模様
(1)京都・雁金屋の衣装図案帳と「御ひいながた」
(2)いろいろな橋の模様
5.
及ばぬ恋の模様
(1)鳥に網の模様
(2)くもの巣の模様


【概要】
日本人には他国の人に無い独特の美意識がある。例えば茶の世界のワビ・サビ。サビて壊れてゆく物に美を感じる。また、能や水墨画に見られる幽玄の世界、この世とあの世を結ぶ幻想的で不思議な美。
明治工芸に見られる美も日本にしか無いものである。「粋」と呼ばれる世界は江戸中期元禄時代に始まったと思われる。武士の世界なのに 町人たち が力をつけて財を蓄える、持ち物にも贅を尽くす。それを快く思わぬ 武士たち は禁止令を出す。それをかいくぐって 町人たちがたどり着いたのが「粋」の世界。表向きは地味な着物だが、裾を返せば贅を尽くした素材に美しい紋様。
明治の工芸品には、あちこちに「粋」の世界が表現されている。「粋」だけではない。あえて装飾しない空間を残しておくことにより画面が引き締まり、気品が生まれる。これも日本にしかない美である。「雅」の世界もしかりである。華やかさの中に気品と風格を持つ。
明治工芸の中に日本独自に生まれた美を楽しんでいただきたい。



漢李翕黽池五瑞図
紙本墨拓、建寧四年(171)
東京国立博物館
松鶴長春
『吉祥図案解題』1928年
中国土産公司
連年有魚
『吉祥図案解題』1928年
中国土産公司



1.
瑞祥系
世界がよく治まっていることを祝福する印として、天から降される珍奇な動植物の類——黄龍・白鹿、甘露(天から降る甘い液体)・嘉禾(一本の茎に穂がたくさんついた粟)・木連理(枝がつながった木)など。
2.
比喩系
人間の生活と密接に結びついた動植物の属性(性状)の類似性によって、「目出度い」「喜ばしい(人を喜ばせる)」「縁起のよい」状態を寓意/象徴するモチーフの類——松は冬に枯れないので不老を意味し、鶴は千年の長寿を保つので長生を意味するなど。
3.
語呂合わせ系
音の類似性(音通)によって「吉祥語(吉祥的な観念を指示する言葉)」を現すモチーフの類——「魚」と「余」の発音が同音であることによって、魚(=余)と蓮(=連)を組み合わせて、「連年有魚」(毎年余裕があり豊かである)を意味するなど。



これは中国での話ですので、そっくりそのまま日本の文様に当てはまるわけではありません。とはいえ、日本も中国文化圏に属していましたから、野崎誠近の『吉祥図案解題』という図像学事典を引いて、松竹梅、桐、牡丹、鶴亀、蝶、獅子、菊、鳳凰などのモチーフの吉祥的な意味を探ってみるのも面白いかと思います。もっとも、吉祥文様の機能(働き)については、中国も日本も同じ考え方をしていることはたしかです。すなわち、「めでたい兆し」を表す文様を身に着けたり、近くに置いたり(目で触れたり)して接触すると、「めでたいこと」そのことが起こるという呪術的ともいうべき通念に基づいて、吉祥文様の付いたきものを制作したり、贈与したり、着用したりするという点です。もちろん、吉祥文様といえども、その造形的な面——形と色——では、美的/感性的な工夫の余地がおおいにありますから、デザイン的な面白さにも目が行くのですが、図像的な約束事がしっかりと存在することから、息苦しく感じてしまうのは私だけでしょうか。
その点、河上さんが紹介された物語文様は、奔放というか、変幻自在というか、まさに自由自在。そもそも、モチーフの出典が、『万葉集』『古今和歌集』『後撰和歌集』などの和歌集、『源氏物語』『伊勢物語』『浄瑠璃御前物語』『曽我物語』などの物語、『枕草子』などの随筆、『俳諧類舩集』などの俳諧付合語集など、多種多様です。図案を制作する絵師は、それらの文学から、「恋」とか「愛」、それも「及ばぬ恋」とか「叶わぬ恋」とかといったことがらを象徴するモチーフを選び、文様化していたのです。

大はしに水のもやう
『御ひいながた』1666年、岩瀬文庫


例えば、河上さんが「人気の小袖模様のデザイン集」として紹介された『御ひいながた』(二冊、寛文6年[1666]刊)には「大はしに水のもやう/地こん」と記された模様があります。残念ながら、このモチーフの出典が何であって、何を意味するか、聞き漏らしてしまって、分からない(考察の対象になっている)のですが、河上さんによると、当時の人たち——とはいっても庶民というより、きものを誂えることのできる裕福な町人たち——にとっては、常識であったにちがいないということ。たしかに、当時の京都は、出版が盛んで、町衆の文学的な素養は相当のレベルに達していたように思われます。したがって、図案を制作する絵師と図案を受容する町衆の関心は、このモチーフの象徴的な意味を読み解くことに向けられるのではなく、そのような意味の理解を前提として、そのモチーフがどのように造形されているか、どのような形と色と構成の工夫によって、どのような美的/感性的な質が実現されているかを見ることに向けられていたにちがいありません。この模様は、河上さんの時代区分に従うと、寛文小袖(17世紀後半)に典型的な「区画解放」の一例で、地が紺色の小袖を画面と見て、右上隅に、左上から右下にかけて橋を配し、「水」という漢字を波のように抽象化して、まさに洒脱——あかぬけしているさま。さっぱりしていて、嫌みのないさま——です。いいですねえ。(K)



【会場の様子】


今回の会場は、ハートピア・京都。前回までの会場、京都新聞文化ホールのお隣です。スクリーンが大きく、図版が見やすい・・・。でも、今から思うと、照明がちょっと明るすぎるかなあ。暗くした方が、図版がよく見えます。しかし、反面、画面に集中しすぎて、眠くなるという弊害もあります。時々明るく、時々暗く。これが理想でしょうか。でも、コントロールが大変ですねえ。画面からすると、講座が終わりかけています。河上さんがご著書の宣伝中です。もう1冊もってきて、皆さんのうちのどなたかにプレゼントすればよかった、と仰っていましたよ。

【連絡先】

きょうと視覚文化振興財団事務局

〒611-0033 宇治市大久保町上ノ山51-35
Tel / Fax:0774-45-5511