【目次】
- 1.
絵で見る日本料理の歴史
- 2.
懐石の献立の流れ
- 3.
料理の趣向
- 4.
料理の器
【概要】
熊倉功夫さんは、日本文化史、とりわけ茶の湯や日本の料理について、精緻な歴史学的研究の業績を残されている、この分野の第一人者です。滋賀県の信楽にあるMIHO MUSEUMの館長でいらっしゃいます。
今年は、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されてちょうど10年目に当たるそうです。熊倉さんは、2011年に設置された「日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会」の会長として、この登録のために尽力されました。そして、2012年3月に「和食;日本人の伝統的な食文化」と題してユネスコへ登録申請し、2013年12月に、和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたのです。
和食は「WASHOKU」となって、いま世界に広がっています。けれども、「和食とは何か」と問われて、それに定義のようなものをもって答えることはなかなか難しいように思われます。それについて、熊倉さんは、和食のあるべき姿を次のように説明されました。
- 1.
一汁三菜であること。
- 2.
お箸をつかうこと。
- 3.
ひと口で食べられる大きさであること。
- 4.
ごはんとおかずをまんべんなく食べること。等々
つまり、調理の内容ではなく、どういう風に食べるのかが和食にとっては重要だということなのです。この話には感心も得心もしました。私も食事を作りますが、知らず一汁三菜(味噌汁、主菜、サラダ+もう一品)になっていることが多いように思います。
1.絵で見る日本料理の歴史
昔の人たちが、何をどんな風に食べていたのかを知るには、絵に描かれた食事の様子を見るのが一番です。《年中行事絵巻》(12世紀後半)、《病草紙》(12世紀後半)、《伴大納言絵詞》(12世紀後半)、《春日権現験記》(14世紀初頭)、《酒飯論絵巻》(16世紀前半)などには、公家、武士、庶民の様々な食事の様子が描かれています。公家が今風にテーブルと椅子を用いた「共同膳」で宴会をしている場面がありますが、これは中国からの外来文化で、日本古来の日常の食卓は折敷(おしき)、高坏(たかつき)、懸盤(かけばん)と呼ばれる個人膳だったということです。それが、現在では再びテーブルと椅子の外来文化様式になっているわけです。
ここで目を引くのは、多くの場面でごはんが「高盛り飯」、つまりいわゆる「マンガ盛り/てんこ盛り」で盛られていることです。今でも普通のごはんが「マンガ盛り/てんこ盛り」で出てくる食堂があるそうですが、この歴史を引き継いでいるのかどうか、などと考えると興味深い事実です。