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視覚文化連続講座シリーズ4 
第7回「暮らしの中の視覚文化」
講座レポート

暮らしの中の現代アートとギャラリー

中塚宏行
(美術評論家連盟会員・元大阪府立現代美術センター主任研究員)
日時:2024年3月16日(土曜)午後2時から3時30分
会場:ハートピア京都
主催:きょうと視覚文化振興財団 京都新聞社

【目次】
1.
現代アートとは?
2.
京阪神・東京のギャラリー事情
3.
アートフェアとマーケット
4.
コレクターとアートの価値


【報告】
今回の講座は、美術評論家であり、大阪府立江之子島文化芸術創造センターでキュレーターも努めていらっしゃる中塚宏行さんの「暮らしの中の現代アートとギャラリー」というテーマのお話でした。
中塚さんは大阪大学文学部美学科(美術史専攻)を卒業されてから、美術館の学芸の仕事に長く携わってこられましたので、美術の世界の現場事情に精通されています。今日のお話も、作品を生み出す芸術家とそれを鑑賞する私たちと、さらにこの両者を仲介する美術館、ギャラリー、アートフェア、アートマーケット、芸術祭等の役割について分かりやすくお話をしていただきました。
最初に、私たちが日常の中で美術や現代アートに接することのできる様々の場所や機会が紹介されました。美術館やギャラリーなどは言うまでもありませんが、テレビ番組にも数は少ないですが、NHKの「日曜美術館」と「美の壺」、民放でも「開運! なんでも鑑定団、「美の巨人」があることが紹介されました。私は個人的に「美の壺」が大好きなのですが、この場合の「美」という語は、「感性」という言葉に置き換える方がぴったりくると思います。中塚さんのお話の中にもありましたが、ドイツで生まれた美学Ästhetik(エステーテイック)という学問の語源は古代ギリシア語の「aisthesisアイステーシス」という言葉にあって、これは「感覚/感性」という意味を持つ言葉です(「エステ」という美容術を示す言葉はここからきています。元来、「エステティック」は美容術とは何の関係もないのです)。単に「美しい」というのではなく、広く「感覚的」という意味合いを含んでいます。「美の壺」では、いわゆる「美術fine art」の範囲を超えて、金魚、盆栽、和竿、将棋の駒、風呂敷など、私たちの感性が「ビビッと」何かを感じ取る、人間の手技が産み出す品々が取り上げられます。この「ビビッと」は現代アートにも通じる感覚に違いないと思います。
話が脱線しました。
「現代アート」というときの「現代」は、第二次世界大戦終結の1945年以降のことだというお話がありました。歴史学では「現代史」とはロシア革命の起こった1917年以降の歴史を指すとされているようですが、この年は、偶然にもちょうどマルセル・デュシャンの《泉》が生まれた年でもあります。美術史の「現代」はそれより30年ほど遅れるわけですね。その理由をお伺いすればよかった。
また、「美術」という言葉の起源についても説明していただきました。1873年のウィーン万国博覧会に日本政府がはじめて公式参加をしたとき、ドイツ語のdie schöne Kunst「美しい技術」(あるいはdie bildende Kunst「造形芸術」)を「美術」と訳したことが最初だということでした。明治時代の西洋語の翻訳事情は興味深いものがあります。
  今日のお話で、私が個人的に一番関心を持ったのは、アートフェア、アートマーケットのことでした。「アートフェア東京」や「ART OSAKA」などは、全国のギャラリーが集まって、それぞれが一押しの作家の作品を展示する、アートマーケットの意味も含む一大イベントです。最先端の現代アートを知ろうとすれば、このようなアートフェアに参加するのが最も有効だというお話でした。このご指摘には、大変納得がいきました。アートフェア、アートマーケットで、有力な現代アートの作家が発掘され、世に知られていくようになるわけですね。
この点で、新人作家を見出し、育成していくギャラリー/企画画廊の役割の重要性が改めて認識されます。考えてみれば、誰かがプロデュースし、マネジメントをしなければ一人の作家が世に知られていくことはないわけです。東洲斎写楽にとっての版元蔦谷重三郎、ピカソにとっての画商カーンワイラー、ポロックにとっての批評家グリーンバーグ、ビートルズにとってのプロデューサー、ジョージ・マーティン、宮崎駿にとってのプロデューサー鈴木敏夫…。このような人がいなければ、誰も世に出なかったでしょうね。
しかし反面で、この構図は、現代アートの世界が有力ギャラリストによって左右されるという危うさを含むことにもなり、同時に優れた作家がコマーシャリズムの中に埋もれてしまうということにもなりかねません。
これは一筋縄ではいかない複雑多岐にわたる問題ですが、作家・作品と鑑賞者(受容者)との間にあって両者の関係を取り結ぶ役割が大変重要である、というのが今日の中塚さんのお話の核であったと思います。
ところで、手前味噌で恐縮ですが、私どもの「きょうと視覚文化振興財」でも、この視点は事業の中に取り込まれています。
「弊財団は、価値的にも、様態的にも、機能的にも多様な視覚文化の振興を図ることを目的として、制作者と受容者、そして、両者を仲介する研究者・学芸員・ギャラリスト(画廊主)などの活動を支援します。」(きょうと視覚文化振興財HPより)



きょうと視覚文化振興財団 事業内容模式図


私どもの財団の役割は主に「制作者」、「仲介者」あるいは「受容者」を支援することです。視覚文化振興のために少しでもお役に立つことができれば、ありがたく思っています。
最後に、日本におけるコレクター、コレクションのお話がありました。コレクターの中には、投機目的や節税のために美術作品を購入する人もいるでしょうが、美術作品の価値を理解し、作品の散逸を防ぐためにも一か所に蒐集して優れた作品を広く人々に展覧することを目的とする真のコレクターが存在しています。そのようなコレクターのうち、蒐集品を現代アートに特化した代表的なコレクターとして、山村徳太郎(戦後日本美術。コレクションは兵庫県立美術館所蔵)、大橋嘉一(白髪一雄のコレクション等。コレクションは奈良県立美術館等所蔵)、福武總一朗(直島、ベネッセハウスミュージアム)といった人たちが紹介されました。そのようなコレクターは、優れた現代アートをたくさんの人に見てほしいという社会貢献的な意識をもって、作品と鑑賞者の仲を取り持っているにちがいありません。
今日のお話を聞いて、京都には現代アート専門の美術館がないことに気づきました。2020年にリニューアルオープンをした京都市京セラ美術館に「東山キューブ」という、現代アート中心の展覧会を開催するというコンセプトに基づく新館が設けられましたが(今は「村上隆 もののけ 京都」展が開かれています。会期は9月1日までです)、東京の森美術館や、金沢21世紀美術館のような独立した現代アート美術館とは少し違っています。けれども「東山キューブ」には、現代アートが多くの人の心に浸透していく効果を期待するところ大ですね。(I)


【連絡先】

きょうと視覚文化振興財団事務局

住所 : 〒607-8154 京都市山科区東野門口町13-1-329
電話 : 075-748-8232