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視覚文化連続講座シリーズ6 
「無病息災と視覚文化」第5回
講座レポート

美術をとおしてみる瑞祥への願い

加藤祥平

徳川美術館学芸員
日時:2025年12月20日(土曜)午後2時から3時30分
会場:同志社大学今出川校地寧静館N36教室
主催:きょうと視覚文化振興財団


【内容】
1)
絵画に描かれた疫病
2)
吉祥の図像
3)
武家の年中行事に込められた願い


【報告】

シリーズの第3回と第4回は絵と書の「病」についてのお話でしたが、第5回は、再び人の病気と健康についてのお話です。今回の講師である加藤祥平さんは徳川美術館の学芸員をされていますので、近世の武家社会を念頭に置きながらも、広く、人が病をどのように表象したか、また、病にどのように対処したかについて、具体的な事例に即してお話しいただきました。加藤さんは、2020年7月に「怪々奇々―鬼・妖怪・化け物…―」という展覧会を担当して、古典文学に記された「異形の者たち」を紹介されたのですが、当時はちょうど新型コロナの感染が拡大しつつあった時期。病、特に疫病は悪霊や妖怪の仕業とみなされることがあって、まあ、タイミングがよいのか悪いのか、少なくとも加藤さんにとっては、入念に準備した展覧会が別の展覧会と同時開催となって、残念なことでした。というのがお話の枕です。以下、加藤さんご自身に、お話の概略を報告していただきます。じっくりお読みください。(KF)



1)絵画に描かれた疫病

病、というのはいかにも苦しそうで、好んで研究の対象にはしてこなかったのですが、私が2020年に企画展「怪々奇々―鬼・妖怪・化け物…―」を職場で担当した際に、ちょっとしたご縁がありました。
その展覧会では、お借りする作品のご許諾もいただいていながら、当時猛威をふるっていた新型コロナウイルスの感染拡大で、お借りすることを断念することになりました。それに伴って、展覧会の構成も変更することになり、新たな展示作品を探すなかで、疫病が描かれた絵画が少なからず残っていることを知りました。
展覧会の出陳作品ではありませんが、こちらはそうした作品の一つで、三井寺の智興という僧侶が病にかかり、弟子の証空が師の身代わりとなってその病を受けるも、さらに不動明王がその病を受け救ってくれる、という話を描いた絵巻の一場面です。

重要文化財 不動利益縁起絵巻 縦28.4cm
南北朝時代 14世紀 東京国立博物館蔵

画面の真ん中上には、小さな鬼が駆けており、その振り返る先には追いかける仏神の眷属らがいます。小さな鬼は、僧侶らの坊に疫病が襲い掛かろうとしていることの象徴として描かれています。古い時代には鬼という生き物がいたように思われている方もいるかもしれません。しかし、そのルーツを辿ると、現代のように顕微鏡もない時代に目には見えない疫病の流行があり、その仕組みを理屈立てて視覚化し対策するために創り出されていたことがうかがえます。妖怪なども同様です。

数年前に新型コロナウイルスの感染拡大時に流行った、アマビエもそうした流れでできた存在の一つです。最近では、病の流行を予告し、予防策を授ける「予言獣」と呼ばれています。こちらも、疫病が流行っていた時代に創り出されました。

肥後国海中の怪(アマビエの図) 縦28.9cm 横23.0 cm
江戸時代 弘化3年 京都大学附属図書館所蔵

近世以前には疫病が頻繁に起こり、絵画や史料にはその痕跡が多く見られます。こんなにも疫病ばかりだったのかと恐ろしくなりますが、私たちは生きていますので、これらのは人類が疫病に何度も打ち勝ってきた証左ともいえます。

2)吉祥の図像

疫病のみならずあらゆる困難・災いから身を守るための方法の一つとして、吉祥、おめでたい図柄にあやかることも、古くから続けられてきました。
気がつけば今年も残すところ10日余りということもあり、年末・年始の準備をされていらっしゃる方も多いかと思います。そうしたなかでよく見かける図柄の一つに、「松・竹・梅」があります。「松・竹・梅」は、日本の江戸時代頃から定着したと考えられており、元は中国にあった「歳寒三友」という組み合わせに由来するといわれています。

歳寒三友図 趙孟堅筆 縦32.2cm 横53.4cm
南宋時代 13世紀 國立故宮博物院蔵

「歳寒三友」は、風雪や厳寒に耐えながら緑を保ち、花を咲かせる植物で、君子の不屈な精神、潔白な節操にたとえられてきました。趙孟堅筆「歳寒三友図」のように、松・竹・梅が描かれている古い作品もありますが、水仙や蘭などが混じったりすることもよくあります。日本では、「松・竹・梅」というとおめでたいイメージですが、元の「歳寒三友」は、高い精神性を尊ぶ意味合いが強くありました。

日本での吉祥の願いを込めた意匠としては、平安時代10~12世紀にかけてできた、冊子や装束・調度などに和歌をあらわすために用いられた「葦手」が注目されます。「賀」の意味を込めて、水辺など景物に和歌の文字を散らし、まぎれ込ませる意匠です。

平安時代の葦手の遺品としては、長寛2年(1164)に制作された、国宝「平家納経」(広島・厳島神社蔵)が有名ですが、江戸時代にも引き継がれています。3代将軍徳川家光の娘・千代姫(1637~98)が、尾張家の2代徳川光友に嫁いだ際の婚礼調度(お嫁入り道具)、「初音の調度」がその代表といえるでしょう。『源氏物語』「初音」の帖から、正月元日、光源氏が年賀のために六条院を訪問した時の情景をあらわしていることから、初音の調度と呼ばれています。器物ごとに、明石の君が娘の明石の姫君に贈った和歌「年月を 待つにひかれて ふる人に 今日鶯の 初音きかせよ」の葦手文字が散らされています。「待つ」と「鶯」は、図柄の中の「松」と「鶯」が担い、ほかは、岩や枝の形に沿うようにして、仮名が紛れ込ませてあります。

国宝 初音の調度(三棚飾りほか)
江戸時代 寛永16年(1639) 徳川美術館蔵
※徳川美術館では、名品コレクション展示室5室において、
常時「初音の調度」の内1点を特別公開しております※

葦手のみならず、吉祥にまつわる文字をあしらっておめでたい図柄とすることもあります。5代将軍綱吉が、側室の瑞春院お伝の方(1658~1738)へ、おめでたいときの贈り物に添えて贈った掛袱紗が、奈良の興福院に伝えられています。全部で31枚が遺されているようで、「松と千両に双壺熨斗「万歳楽」字入掛袱紗」などのように、立体的で繊細な刺繍でおめでたい図柄と「萬歳」などの吉祥の文句があらわされています。

3)武家の年中行事に込められた願い

年末ということもあり、年越しの準備の一つ、門松と三月の雛まつりのお話をさせていただきます。
門松は、新しい年に一年の幸運をもたらす年神が降臨すると信じられた依代で、門松を建てることは正月準備のなかでも重要な行事とされてきました。徳川一門では、三方ヶ原の戦いで家康が武田信玄に敗れて以来、全て葉のない竹(=武田)を飾るようになったとされます。
大名家の雛まつりでは、現代によくみられる5段以上の段かざりではなく、2~3段の横長の段を設けて横並びにして、高さ30cm以上の男雛・女雛を何組も並べ、下の段に五人囃子や雛道具などを並べていました。そして、上巳の節供(3月3日)には、家内の人間だけではなく、雛拝見といって、町方の人々も拝見を許されました。

千代田の大奥 雛拝見 楊洲周延画 縦35.5cm 横72.3cm
明治29年(1896) ポーラ文化研究所所蔵 国書データベース

雛まつりは、10世紀中頃からの小さな人形の「ひひな」遊びや、穢れを祓う「人形(ヒトガタ)」信仰、さらに曲水の宴などの河辺の遊宴などが、複雑に合わさってできたと考えられています。現代では女の子のお祭り、とされていることが多いようですが、男女問わず、子どもの無病息災への願いを込めた行事でした。

雛人形は、3月3日を過ぎたら早くしまわないとお嫁にいくのが遅れる、などということもよく耳にします。そもそも雛人形が高価だったことも原因の一つですが、雛人形が子どもの災いや厄の身代わりとなってくれる存在であったことも大きな理由でしょう。雛人形を飾り空気にふれさせることは溜まったものを浄化する役割があり、一方しまわれている間に、雛人形が身代わりとなってくれる、という考えのようです。

このほか、私たちの身近な文様や行事には、さまざまな願いが込められているはずです。ふとしたときにその背景にふれていただきより良い形をなぞっていただくと、よりいっそう行事をお楽しみいただけるとともに、願いの効き目も良くなるのかもしれません(KS)



【主要参考文献】
長野栄俊「予言獣アマビコ・再考」(『妖怪文化研究の最前線』せりか書房、2009年)
五味文彦『疫病の社会史』(KADOKAWA、2022年)
『江戸☆大奥』(東京国立博物館・NHKほか、2025年)




【会場の様子】

加藤さんのお話の後、受講者の方々と質疑応答の最中です。この写真では見えにくいかもしれませんが、スクリーンには、今回のお話のタイトル「美術をとおしてみる瑞祥への願い」が映されていて、タイトルの下に配されているのは、加藤さんによると、千両の刺繍だそうです。千両はたくさん実をつけることから、商売繁盛や子孫繁栄を祈る吉祥/瑞祥モチーフです。お正月飾りに使用されることが多いのですが、ここに見られるイメージと現実の関係(現実がイメージに適合する)は、お正月に「おめでとう」と言うことと同じです。というのも、「おめでとう」と言葉で言えば、実際にその一年を無事に過ごすことができると、意識の深いところで信じられているからです。民俗学で言う「予祝」すなわち「その年の豊作を祈って、小正月などに秋の豊作の様子を模擬実演する呪術行事」(『日本国語大辞典』)と同じですし、真っ暗な暗闇の中に獲物の絵を描くラスコーやアルタミラの住人の行動と同じです。そういえば、掛服紗についての質問の次に、お正月の門松についての質問がありました。皆さまにおかれましては、よいお年をお迎えください。これは主催者の希望の表明です。

【連絡先】

きょうと視覚文化振興財団事務局

住所 : 〒607-8154 京都市山科区東野門口町13-1-329
電話 : 075-748-8232