【内容】
- 1)
《酒飯論絵巻》とは
- 2)
《酒飯論絵巻》の絵と詞
- 3)
酒好きに対するコメント
- 4)
《酒飯論絵巻》と狩野元信
【報告】
今回の講師である並木誠士さんのご専門は日本の絵画史。たくさんの引き出しをお持ちですが、絵巻もそのひとつで、一風変わった絵巻を紹介していただきました。《酒飯論絵巻》です。「一風変わった」というのは、よく見る機会のある絵巻、例えば《源氏物語絵巻》には物語があるのですが、これにはありません。物語があるというためには、A→B→Cというように、なんらかの状態が時間的に変化する必要があります。しかし、この絵巻にはそのような変化はなく、A/B/Cという3つの状態が論理的に対立するだけです。もちろん、このような描き方をすることによって、作者は、過度の飲酒と過度の飯食を戒め、両者ほどほどにすることを勧めているように読めるのですが、並木さんは、そのような歓誡的な意図の背後にさまざまな歴史的・宗教的・美術史的メッセージを読み取ろうとされています。最もオリジナルに近いとされている文化庁本の貴重な写真を見せていただきながら、さて、並木さんは何を読み取ろうとされたのか。以下、並木さんご自身に、お話の概略を報告していただくことにします。じっくりお読みください。(KF)
1)《酒飯論絵巻》とは
《酒飯論絵巻》とは、狩野元信が16世紀前半に描いた絵巻で、酒好き、ご飯好き、両者ほどほどに嗜むという三人がそれぞれ自分の好みを展開するという興味深い作品です。そのおもしろさの一方で、この絵巻の登場人物の三人は、法華宗、念仏宗、天台宗を象徴しており、両者ほどほどに嗜むのが良いとする天台宗の中庸観を良しとする一種の宗教論争でもあります。
2)《酒飯論絵巻》の絵と詞
《酒飯論絵巻》の特徴のひとつが、詞書と絵が対応していないということです。一般的に、絵巻は詞書の内容を絵画化することにより成立をしているのですが、この《酒飯論絵巻》の場合、詞書はそれぞれの持論が述べられていますが、絵の方は、それを絵画化するのではなく、飲食や宴会の様子を生き生きと描き出しています。これは他の絵巻には見られない大きな特徴です。そして、描かれているのが、床の間や茶の湯の様子、華やかな小袖など16世紀当時に最先端であった流行を反映しているという点が、この絵巻の第二の特徴です。そして、この第二の特徴は、16世紀以降の日本の絵画で多く描かれる風俗画の源流になったと考えられます。
3)酒好きに対するコメント
詞書では三人が持論を展開していると述べましたが、それぞれを良く読んでいくと、お酒好きの人を別にすれば、他の二人はそれぞれが酒飲みを非難していることがわかります。事あるごとに酒飲みが周囲に迷惑をかけていることが語られていますし、じつは第二段の酒好きの人の画面にも酔って吐いたりふらついたりしている酔態が描かれています。このような酔っぱらいを非難するような内容からは、実際に当時の庶民生活のなかで酔っぱらいの迷惑がかなり問題になっていたのではないかと考えさせます。つまり、酔っぱらいの行状が目に余るようになったのもまた同時代の最先端の「風俗」ではないかと思うのです。
4)《酒飯論絵巻》と狩野元信
このように狩野元信は《酒飯論絵巻》で当時最先端の風俗を描き、のちの風俗画の流行に先鞭をつけたということができます。ところが、19世紀の文人画家である中林竹洞の画論におもしろいことが記されています。それは、過去の絵師を評価するなかで、元信について絵画の技術は評価をしながら、最上級には評価しておらず、その理由として、元信の絵には「俗病」があるとするのです。つまり、元信が同時代の風俗を絵のなかに積極的に取り込んだことが、上品な文人画を得意とした竹洞には「病」として捉えられているのです。(NS)
【主要参考文献】
『日本美術の転換点『酒飯論絵巻』-「絵巻」の時代から「風俗画」の時代へ』(昭和堂、2009年)

講師のお話が始まると、前の部分の照明を消すことにしています。スライドに集中していただくためです。しかし、集中すればするほど、眼と脳が疲れてきて、眠くなってくるというのは考えものです。また、講師のお顔が見えなくなるというのも、よく考えると失礼なことですねえ。さて、どうするか。時々、明かりをつけることにしましょうか。スライドに映っているのは、第1段で、3人の人物が面談する背後で、お茶の準備が行われているところでしょうか。ここはご飯好き僧侶が住む寺院のようですので、もちろんお茶の準備をするのも僧侶。茶臼で抹茶を挽くのに片肌を脱ぐのは、よほど力のいる作業なのでしょう。しかし、ゴリゴリという音とともに、お茶のいい匂いが伝わって来るようですね。