【内容】
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シュルレアリスムとは
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ダブル・イメージ、コラージュ、デベイズマン
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100年前と今日を結ぶもの
【報告】
「視覚文化連続講座」も今年度でシリーズ7となりました。今年度の統一テーマは「形の力/眼の力」としました。人間の眼は単に何かを「見る」だけ、あるいは何かが「見えている」だけではなく、眼そのものに創造力があります。このテーマの下、各分野の専門家をお招きして、狭い意味での美術に限らず、「形」と「眼」が協働して産み出す魅力的な、あるいは不思議な世界を様々な方向から解き明かしていただきます。
第1回は、関西大学文学部教授の平井章一さんをお招きして、「ホントの世界はどこにある?《シュルレアリスム絵画が問いかける眼と形の「不確かさ」》」という論題でお話をしていただきました。平井さんは兵庫県立近代美術館、同県立美術館、国立新美術館、京都国立近代美術館などで学芸の仕事に携わった後、関西大学文学部に赴任されました。専門は日欧米の戦後美術、特に1950~70年代の前衛的な動向を広く研究されていますが、とりわけ1950代に芦屋市を中心に展開された「具体」の研究については斯界の第一人者です。ご著書に『「具体」ってなんだ?』(美術出版社)があります。今回は、シュルレアリスム運動を取り上げていただき、その全貌を完結明瞭に説いていただきました。以下は、平井さんご自身による概要です。(I)
【概要】
(1)シュルレアリスム(Surréalisme) とは
シュルレアリスムは、1924年にフランス人の詩人アンドレ・ブルトンが『シュルレアリスム宣言』で理論化した芸術運動です。「シュル(Sur)」はフランス語で「~の上に」を意味するので、日本では「超現実主義」と訳されたりしました。
シュルレアリスムには前史となる芸術運動があります。それはダダイズムです。ダダは、第一次世界大戦(1914-18年)のさなか、スイスのチューリヒで生まれました。第一次世界大戦は初の「近代戦」と言われます。戦車や機関銃、毒ガスなどの新兵器や空襲などの攻撃方法により、兵士だけでなく市民を巻き込んだ大量殺戮、大量破壊が繰り広げられました。また、この戦争をきっかけに、ヨーロッパでは4つの帝国が崩壊します。すなわちロシア帝国、ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国です。近代文明がもたらした未曾有の惨禍と政治体制の大規模な変化は、合理性、理性、秩序への懐疑を呼び起こします。ダダイズムは、従来の「美」の観念、美術のありかたを根底から否定する運動でした。
(2)シュルレアリスムの問いと目的
この経緯から明らかなように、シュルレアリスムは反近代主義であり、非合理主義であり、非理性主義、反道徳主義を掲げた運動です。ブルトンは問いかけます。「私たちが見えている、理解していると思っているモノやコトは、本当に現実なのだろうか」と。シュルレアリスムは、私たちを縛っているさまざまなしがらみから解放し、人間らしい生き方や真の自由に気づかせる、ある種の意識革命です。ブルトンは、無意識の世界に分け入るジークムント・フロイト(1856-1939)の精神分析学や、人間の解放をうたうカール・マルクス(1818-83)の革命思想を援用しつつ、独自の理論を構築していきました。
(3)シュルレアリスム絵画の手法
では、どうすれば現実を超え、ブルトンがいう真に自由な世界に到達できるのでしょうか。シュルレアリスムの実践は、まず文学から始まりました。頭に浮かんだ言葉を並べた詩や、現実と夢を往復するような物語などがそれですが、ブルトンは美術、特に絵画においてもシュルレアリスムは実践可能であると考えました。そして、その思想に共鳴した画家たちが作品を発表し始めます。
ここでシュルレアリスム的な世界を視覚化するため、彼らが編み出した手法をいくつか紹介しましょう。
まずはデペイズマン(dépaysemen)です。「デペイズマン」とは「異なった環境に置く」という意味のフランス語で、この手法ではモノとモノとの関係性、合理性を意図的に断ち切ることにより、非合理の世界を現出させます。例えば、目隠しをされてこの部屋に連れてこられたとします。目隠しを外されて「さあここはどこでしょう」と言われたら、あたりを見渡してこう答えるでしょう。「机や椅子がたくさんある、前方には演台がありホワイトボードもある、天井にはプロジェクターがある、だから学校の教室ではないですか。」これはモノとモノとの関係性から導き出した答えです。私たちはこのように、無意識のうちにモノとモノを関係付けながら眼前の世界を理解し、認識しています。だからこそ、それが断ち切られたら、私たちの頭はたちまち混乱し、不思議な世界に迷い込んだ気分になるのです。
この手法を最初に編み出したのは、ジョルジョ・デ・キリコ(1888-1978)でした。デ・キリコはシュルレアリスムの画家と誤解されることが多いのですが、彼はブルトンがシュルレアリスムを提唱する前から、既成の価値や意味を疑う哲学者ニーチェの世界観を表現するために、この手法で描いていました。デ・キリコは生涯シュルレアリスムとは一線を画し続けましたが、この手法はシュルレアリスムの画家たちに大きな影響を与えました。その代表としてルネ・マグリット(1898-1967)やマックス・エルンスト(1891-1976)がいます。
次にフロッタージュ(frottage)です。フロッタージュはフランス語の「こする」が由来です。皆さんは子どもの頃に硬貨の上に紙を置き、鉛筆でこすって図を浮き上がらせて遊んだ経験はありませんか。手法としてはあれと同じです。いろいろなモノの上に紙を置いて鉛筆などでこすり、浮き出た図からイメージを発展させ、絵にしていきます。あらかじめ頭の中でイメージを思い浮かべ筆を取るのが通常の描き方ですが、その反対です。モノから得られた図を手がかりにして連想的にイメージを広げていくので、自分でも予期しなかった絵ができるというわけです。これも先に挙げたエルンストが得意とした手法です。
デカルコマニー(décalcomanie)は、紙と紙の間に絵具を挟み、広げて得られる模様からイメージを発展させていく手法です。想定外の図を手がかりにするという意味では、フロッタージュとよく似ています。ロールシャッハ・テストというオスカー・ドミンゲス(1906-57)が代表的な画家です。
こうしたフロッタージュやデカルコマニーはモノや絵具を使って手がかりを得ますが、意識や意志にとらわれず、身体のおもむくままに手を動かして描き、そこにあらわれた形態を手がかりにする手法もあります。オートマチスム(automatisme)です。オートマチックは、よく使われる言葉ですね。自動的という意味です。そのフランス語です。それゆえこのオートマチスムも、昔は自動筆記などと訳されました。この手法で描くと、ほとんどの場合、結果は何かの単細胞生物や動物の器官を思わせる有機的な形態になります。ジョアン・ミロ(1893-1983)やアンドレ・マッソン(1896-1987)が、この手法を好んで使いました。
これらの手法とはまったく異なる独自の手法でシュルレアリスム的な世界を描き出した画家もいます。サルバドール・ダリ(1904-89)です。ダリは、あるイメージに別のイメージをダブらせる手法で、私たちが見ているモノ、認識していると思い込んでいることに揺さぶりをかけます。例えば、しゃがんでいる人に見えるが、卵を持つ指にも見える、あれ?どちらにも受け取れるぞという具合です。この手法を彼は、偏執狂的批判的方法と呼びました。さらに、現実にはあり得ない状態をさも現実にあるかのように写実的に描いたりもします。懐中時計がぐにゃっと曲がっている作品が有名ですね。「時計=金属=固い」という私たちの固定化した認識のプロセスを覆すやり方です。イヴ・タンギー(1900-55)も、同じような手法を使いました。
(4)シュルレアリスムの今日的意味
最後に、シュルレアリスムの今日的な意味というか意義を考えてみましょう。
冒頭で述べましたが、このシュルレアリスムが運動化されたのは1924年、いまから102年前のことです。しかし、彼らの問いかけは、古びるどころか、現代の私たちにも鋭く突き刺さります。彼らは「わが眼と形を疑え!」「イメージを疑え!」と主張しました。私たちが眼で見て本当だ、現実だと思っていること、果たしてそれは本当にそうなのか、ということです。これはまさに、生成AIが作った写真、動画がネット上に氾濫し、何が本物で何がフェイクかもはや見極めが困難な時代を生きる私たちに向けられたメッセージのようではないでしょうか。
彼らはただ何でも疑えと言っただけではありません。「形の力 眼の力」を安易に信用するなという主張は、裏を返せば、真実は別のところにあるかもしれない、その意識を常に持ち、追求しようという呼びかけにほかなりません。いわば建設的な生き方の提唱です。このシュルレアリスムの前向きな精神を、今こそくみ取りたいと思います。