現在中国で活躍中の画家、武藝作「西湖」(2015)は、近代以後の東洋に見られる西洋芸術の”globalization” の中での東洋美術の “locality”の問題が典型的なかたちで現われている。したがって武藝作「西湖」を詳しく見ることは、私たちに自明のものになっている芸術観念を問い直すことにつながってくる。
同時に「西湖」という作品は、私たちの連続講座のテーマに掲げられている「視覚の文化地図」という問題を考えるうえでも興味深い視点を提供してくれる。
武藝作「西湖」は三部作になっている。その第一は、海湾だった西湖が次第に周囲を囲まれた湖になってゆく過程を、歴史地理学的視点からとらえた画巻形式の「西湖山水誌」であり、第二は、西湖の名所、名跡を油彩で横長のパネル(30×100cm)に描いた「西湖十五景」と題される作品だ。第三は、西湖に関わりの深い詩人や武将、そして説話の人物を描いた肖像画、「西湖人物志」である。武藝は清代に出版された『西湖佳話』に出てくる16名の主人公から10名を選び、柔美な墨線で白描画を描いた。さらにそれに基づいて木版画家盧平が版画を制作して版本にした。この版本は「西湖人物志」と題されている。
昔から人々が愛し詩に詠んできた西湖の歴史地理学的形成史、詩や絵画によって描かれ親しまれてきた西湖の名所名跡、そして西湖にかかわりの深い説話的、歴史的人物、これら三つの主題をそれらにふさわしい表現媒体(詩、書、画)、表現形式(画巻、組画、版本)、表現材料(墨、油彩、木版画)で表現する。これによって「西湖」の重層的な意味(自然的、歴史的、文化的な意味)を目に見えるかたちで取り出してくる、これが「西湖」の全体構想だと言える。まさに西湖の「文化地図」が呈示されたわけだ。
講義では時間の制限もあり、これら三つの主題の内「西湖十五景」と「西湖人物志」から何点かの作品を選び、それらの絵画的特質について説明を加えた。
「西湖」は、西洋美術が一般化してゆく中で、中国の伝統的な絵画技法を自覚的に取り上げ自己の作品に適用してゆく試みとみなすことができる。
「西湖十五景」は油彩画であるにもかかわらず、そこで試みられているのは西洋的な風景画ではなく、水墨画的な描法である。すなわち西洋由来の絵画材料と技法が東洋的な技法へと変換されている。
また「西湖人物志」においては、武藝が子どものころから習得してきた西洋的な人物描写を離れ、近年研究を進めている明清時代の中国的な筆墨による人物表現が試みられている。
西洋的な芸術観念と技法とが東洋の近代化の中で芸術の基礎教育に取り入れられてゆき、そのことによって東洋的な芸術も西洋的に理解され語られるようになってゆく。これが中国だけでなく、日本も含む東洋における芸術理解の一般的な特徴だと言える。この点で、武藝の絵画はこの問題に対して自覚的に関わる、注目に値する試みとみなしうる。
なお「西湖図」や「西湖」にまつわる伝説は、日本でも室町時代以後受容されてきた。この点についても、参考資料を挙げながら簡単に説明を加えた。
講義の詳しい内容については、講義では時間の制限上十分に触れることのできなかった問題も含め、原稿にまとめておいた。多くの図版もそこに入っている。興味のある方は、以下のボタンよりアクセスできるのでご覧いただきたい。
視覚文化の Globality と Locality―武藝、現代中国新文人画考―