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視覚文化連続講座シリーズⅠ 第5回「視覚の文化地図」講座レポート 

視覚文化のグローバリティとローカリティ

-武藝(Wu Yi)作《西湖》をめぐって-

岩城見一
(京都大学名誉教授・京都国立近代美術館元館長)

日時:2021年7月17日(土曜)午後2時から3時30分
会場:平安女学院大学京都キャンパス
主催:きょうと視覚文化振興財団 京都新聞社
協力:平安女学院 京都新聞総合研究所
視覚文化連続講座シリーズ1の第5回は、コロナ禍のため、延期されていましたが、ようやくシリーズの最終回として、開講の運びとなりました。受講者の皆さまには、大変ご迷惑をおかけし、申し訳なく思っています。
最終回の講師である岩城さんは、美学者でありながら、美術館の館長を務めるというちょっぴり異色の経歴の持ち主。文化は、異文化を理解(誤解)しながら取り入れ、加工し、自ら変化する「異種交配的な運動体」であるというお話しの枠組からして、理論的です。もっとも、お話しの焦点は、現代中国の文人画家武藝(Wu Yi, 1966-)の絵画作品《西湖》を、古今東西の絵画技法が交差する運動体の事例として考察することです。

【概要】
「芸術」や「絵画」等々の視覚文化の諸概念、制度、設備、これらは西洋近代視覚文化観念の世界的広がり、すなわちglobalizationの典型だと言えるでしょう。このような西洋視覚文化の影響のなかで、「絵画」の東洋的な特徴、つまりlocality (地域性)はどのようなかたちで現われるのか、現代中国の文人画家武藝(Wu Yi 1966- )の絵画作品《西湖》を取り上げて、この問題について考えてみたいと思います。

【内容】
 「西湖」の歴史的重層性
 油彩文人画
 白蛇伝
 明清の肖像画
 日本の視覚文化における「西湖」

【会場の様子】
アカデミックな風格の漂う岩城さん。パソコンを操作しながらお話しをされるのは、大変です。しかも、パソコンの手前には、A4サイズの資料が見えます。これは、本講座のために、岩城さんが準備されたもので、合計12ページにも及ぶ大部のもの。これを読むのも、大変です。

受講される方々があまり耳にしたことのない興味深い内容で、会場は静まりかえっていました。スクリーンの左上隅に青色の表示が見えますから、岩城さんが使用されているのは、おそらくWindows10の標準画像閲覧ソフト「フォト」ですねえ。そう言えば、パワーポイントは使わないと仰っていましたっけ。

受講生からも難しい質問が出て、「うう~ん」、そうなんだ。受講される方々の間の距離がゆったりしているのは、コロナ対策。いったいいつになったら、昔のように、スクリーンの前に集まっていただいて、もっと身近に講師のお話を聞くことが出来るようになるのでしょうか。ちなみに、いつも講座の司会をされている岸理事は、2回目のワクチン接種で高熱を発し、残念ながら、お休み。急遽、司会を担当したのは中谷理事でした。




【報告】
今回は、特別に、発表者ご自身に、発表内容をまとめていただきました。
末尾には、もっと詳しい論文へのリンクが示されています。
興味をお持ちの方は、是非、お読みください。




視覚文化のグローバリティとローカリティ
-武藝(Wu Yi)作《西湖》をめぐって-

岩城見一
(京都大学名誉教授・京都国立近代美術館元館長)

現在中国で活躍中の画家、武藝作「西湖」(2015)は、近代以後の東洋に見られる西洋芸術の”globalization” の中での東洋美術の “locality”の問題が典型的なかたちで現われている。したがって武藝作「西湖」を詳しく見ることは、私たちに自明のものになっている芸術観念を問い直すことにつながってくる。
同時に「西湖」という作品は、私たちの連続講座のテーマに掲げられている「視覚の文化地図」という問題を考えるうえでも興味深い視点を提供してくれる。
武藝作「西湖」は三部作になっている。その第一は、海湾だった西湖が次第に周囲を囲まれた湖になってゆく過程を、歴史地理学的視点からとらえた画巻形式の「西湖山水誌」であり、第二は、西湖の名所、名跡を油彩で横長のパネル(30×100cm)に描いた「西湖十五景」と題される作品だ。第三は、西湖に関わりの深い詩人や武将、そして説話の人物を描いた肖像画、「西湖人物志」である。武藝は清代に出版された『西湖佳話』に出てくる16名の主人公から10名を選び、柔美な墨線で白描画を描いた。さらにそれに基づいて木版画家盧平が版画を制作して版本にした。この版本は「西湖人物志」と題されている。
昔から人々が愛し詩に詠んできた西湖の歴史地理学的形成史、詩や絵画によって描かれ親しまれてきた西湖の名所名跡、そして西湖にかかわりの深い説話的、歴史的人物、これら三つの主題をそれらにふさわしい表現媒体(詩、書、画)、表現形式(画巻、組画、版本)、表現材料(墨、油彩、木版画)で表現する。これによって「西湖」の重層的な意味(自然的、歴史的、文化的な意味)を目に見えるかたちで取り出してくる、これが「西湖」の全体構想だと言える。まさに西湖の「文化地図」が呈示されたわけだ。
講義では時間の制限もあり、これら三つの主題の内「西湖十五景」と「西湖人物志」から何点かの作品を選び、それらの絵画的特質について説明を加えた。
「西湖」は、西洋美術が一般化してゆく中で、中国の伝統的な絵画技法を自覚的に取り上げ自己の作品に適用してゆく試みとみなすことができる。
「西湖十五景」は油彩画であるにもかかわらず、そこで試みられているのは西洋的な風景画ではなく、水墨画的な描法である。すなわち西洋由来の絵画材料と技法が東洋的な技法へと変換されている。
また「西湖人物志」においては、武藝が子どものころから習得してきた西洋的な人物描写を離れ、近年研究を進めている明清時代の中国的な筆墨による人物表現が試みられている。
西洋的な芸術観念と技法とが東洋の近代化の中で芸術の基礎教育に取り入れられてゆき、そのことによって東洋的な芸術も西洋的に理解され語られるようになってゆく。これが中国だけでなく、日本も含む東洋における芸術理解の一般的な特徴だと言える。この点で、武藝の絵画はこの問題に対して自覚的に関わる、注目に値する試みとみなしうる。
なお「西湖図」や「西湖」にまつわる伝説は、日本でも室町時代以後受容されてきた。この点についても、参考資料を挙げながら簡単に説明を加えた。
講義の詳しい内容については、講義では時間の制限上十分に触れることのできなかった問題も含め、原稿にまとめておいた。多くの図版もそこに入っている。興味のある方は、以下のボタンよりアクセスできるのでご覧いただきたい。

視覚文化の Globality と Locality―武藝、現代中国新文人画考―


【連絡先】

きょうと視覚文化振興財団事務局

〒611-0033 宇治市大久保町上ノ山51-35
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