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視覚文化ワークショップ 視覚文化ワークショップ


2022年度 第2回 視覚文化公開ワークショップが開催されました

2022年7月24日(日曜)午後2時から、同志社大学今出川校地良心館RY106教室で、第2回視覚文化公開ワークショップが、対面とZOOMのハイブリッド形式で行われました。会場には、ゲストの山本佳奈子さん(Offshore)と、今回のコーディネーターである佐藤守弘研究員をはじめとして、天野和夫、杉山卓史、はがみちこ、渡辺亜由美研究員の面々が全員集合。財団からは、原田平作理事長はじめ、中谷伸生、岸文和理事、入江錫雄事務局長が参加しました。また、財団ホームページを通じて14名の方が参加を申し込まれ、金悠進さん(国立民族学博物館機関研究員)が来場され、また、山川志典さん(早稲田大学リサーチイノベーションセンター次席研究員)、小山冴子さん(とんつーレコード)、長嶺亮子さん(沖縄県立芸術大学芸術文化研究所研究員)などがZOOM参加されました。今後も、奮ってご参加いただきますよう、お願いします。


質問中の金悠進さん。インドネシアの大衆音楽を研究されています。来場していただき感謝します。コロナの状況が読めません。一刻も早く終息することを願っています。
山川志典さん。専門は民俗学で、妖怪系の自費出版文献をたくさん紹介していただきました。
小山冴子さん。『とんつーレコード』というオルタナティヴな出版レーベルをされている方です。なお、スクリーン左にはコーディネーターの佐藤研究員、右には、後ろ姿のはが研究員、山本さん、渡辺研究員。
長嶺亮子さん。専門は民族音楽学で、主に中国や台湾の音楽文化を研究しておられます。なお、画面右端にいるのは、器機の操作を助けてくれた汪文磊さん(同志社大学大学院)。博論を執筆中です。


今回は、佐藤守弘研究員の担当です。山本佳奈子さん(Offshore)をゲストに迎え、「メディア/文化における〈オルタナティヴ〉を問い直す」というテーマで、参加者が積極的に参加して、活発な議論が行われました。「オルタナティヴ」という用語の意味と用法が、少しは分かったような気がします。これも、皆さんのおかげと感謝しています。以下に、佐藤研究員自身による【趣旨】と【報告】を掲載します。皆さんがこの用語を使用される際の参考にしていただければ幸いです。(K)



【趣旨】
オルタナティヴAlternativeとは、「従来とは違う、また別の」というような意味の形容詞で、芸術の世界で言う「オルタナティヴ・スペース」など近年日本でもよく用いられるようになってきた言葉です。それは単に既存のシステムや制度を改革するのではなく、まったく根本的に違った考え方で、新しいものを打ち立てるというニュアンスがあります。ZINEと言われている少部数の冊子メディアや、今ではすっかり普通となってしまっているウェブ・メディアも、旧来のマスメディアに対するオルタナティヴとして現れたものです。今回ゲストとして迎える山本佳奈子さんは、ZINEやウェブなどで、『Offshore』というメディアを運営して、一般の目になかなか触れることのないアジア諸地域の文化——音楽を中心として——に関する情報を発信してこられました。今回のワークショップでは、オルタナティヴなメディア/文化を根源的に問い直すことで、現代の文化状況を考える機会を作ってみたいと考えています。(佐藤)



【報告】
ワークショップの冒頭に、コーディネーターの佐藤守弘から当日の論点が提起された。まず「オルタナティヴ」という言葉の辞書的な定義を見た上で、それが1980年代頃に現在のようなかたちで使われはじめたこと、さらに60〜70年代のカウンターカルチャーの言い換えとして使われた可能性が指摘された。さらにWikipediaにおける"Alternative Rock"の説明において「雑誌やZINE、カレッジ・ラジオや口コミ」といったマスメディアではない、小さな、あるいはD.I.Y.(Do It Yourself)的なメディアによる流通が挙げられていることに注目した上で、ガリ版+木版画からDTPに至るD.I.Y.的な複製メディアの変遷を紹介した。
続いて、ゲストの山本佳奈子さんからプレゼンテーションがなされた。山本さんがアジア——主として東アジアと東南アジア——に興味を持ったきっかけから立ち上げられた『Offshore』というウェブ・メディアが紹介される。山本さんは、アジアを歴訪した経験から、日本ではほぼ知られていないアジア諸地域の音楽文化を紹介するという動機のもと、このサイトを作ったという。彼女は、物心ついた時にはインターネットがすでにあったデジタル・ネイティヴのはしりであり、成人となってネットに触れた佐藤などとは違い、ウェブは皆が使っているものであって、すでにオルタネイティヴなメディアとは受け取られていなかったという点がまず興味深い点であった。
むしろZINEこそが彼女にとってはオルタナティヴといってもいいメディアであったのかもしれない。ZINEとは、マガジン magazine(あるいはファンジン fanzine)の略とされ、個人や小集団で作る冊子のことをおおむね指す。いわゆる同人誌とも性格は似ているが、パンク・ロックやセクシュアル・マイノリティなどの欧米のサブカルチャーのなかで育まれた文化が21世紀の日本にも伝わってきたものがZINE文化と言われるものなのである。
とはいえ、山本さんにとってウェブもZINEも特にオルタナティヴなメディアという訳ではなかったという。もちろん無料で理論上は全世界の人に届くウェブと、積極的に手に入れようとしないと読めないZINEでは、届く範囲が違うし、それに伴って発信する情報の内容も変えているという。
しかし、そういったメディアに飽き足らなくなった彼女が現在挑んでいるのは、ISBN(書籍コード)を取得した一般の文芸誌として『オフショア』を刊行することである(創刊号はすでに刊行)。依頼原稿と投稿で全部で8編。テーマには「アジアを読む」を掲げ、形式としてはエッセイ、学術的論考、創作(小説・詩)、聞き書きにインタビューと幅広い。

『オフショア』第1号
オフショア、2022年8月


これまでオルタナティヴでさまざまな情報を発信してきた山本さんが、一般の流通形態で雑誌を刊行するのには、どのような理由があるのだろうか? その創刊の言葉には「無限に広がり続けるウェブ世界から離れ、じっくり腰据えて読む。「オフショア」は瞬発力がなくてバズらないけれども、五十年後百年後まで読まれることを目指します」とある。ウェブはたしかに即時性において優れているが、それは時とともに流れていってしまう。それに対して書店にも置かれ、図書館にも所蔵される本はほぼ永続的である(山本さんはZINEもきちんと国立国会図書館に納本されているとのことであるが)。時が経っても読み返され、後の時代に2020年代のアジア観がどういうものであったのかを示すような資料となることを思い描いていると山本さんは語った。
それに続くディスカッションのなかで話題になったのが、私が提示したスライドにあった「オルタナティヴな制度には三種類の運命が待ちうけている。第一は、成功して存続する。第二は、失敗して消滅する。第三には公的な資金援助を受け入れて、支配的な制度=機関に従属し、あるいは合併させられる運命である」(ジョン・A・ウォーカー、サラ・チャップリン『ヴィジュアル・カルチャー入門——美術史を超えるための方法論』晃洋書房、2001、97)という記述であった。これに関して山本さんから呈された疑問とは、「オルタナティヴな制度にとっての成功とはいったいどういうことを言うのか」ということであった。すなわち、成功することとは、オルタナティヴであったものが制度として固定してしまうことにつながりかねないということだ。これはオルタナティヴ——カウンターでもインディペンデントでも——という、既に存在している制度を前提としているメディア/文化の宿命かもしれない。
そこで山本さんは文芸誌『オフショア』を刊行することで、「一回制度に乗ってみようかと思っている」と言う。ただし、それは制度に飲み込まれることにはならないのではないかと私は考えている。というのも私は、「オルタナティヴ」というのは、制度に盲従するのではなく、制度が制度であることを意識する態度のことを指すのではないかと、このワークショップを通じて思いが至ったからである。制度を意識しながら、制度のなかに入ってみること。これもまたひとつのオルタナティヴな行き方ではないだろうか。
他の研究員たち——私以外は山本さんと同世代——や財団の理事、会場やオンラインでのオーディエンスを交えてのディスカッションも極めてみのり多いものであった。もちろんこの短い時間で「オルタナティヴとはなにか」という疑問が解決した訳ではないが、それでもその理解のための一定の基礎固めはできたのではないかと考えている。
(佐藤)

議論は大詰め。現代中国語では「オルタナティヴ」を「另外 lìngwài」と表記するという話題から、「オルタナティヴ」には、古来からの分類学における「雑」や「miscellaneous」などの言葉が持っていた「制度的な分類を超えた多様なもの」という豊穣な意味が含まれるのではないかという話で盛り上がっています。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ということにはなりませんでした。




【連絡先】

きょうと視覚文化振興財団事務局

〒611-0033 宇治市大久保町上ノ山51-35
Tel / Fax:0774-45-5511