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視覚文化ワークショップ 視覚文化ワークショップ

渡辺亜由美研究員  


2022年度 第5回 視覚文化公開ワークショップが開催されました

2023年3月26日(日曜)午後2時から午後5時過ぎまで、同志社大学今出川校地良心館RY208教室で、第5回視覚文化公開ワークショップが、対面とZOOMのハイブリッド形式で行われました。会場には、今回の発表者である渡辺亜由美研究員(滋賀県立美術館学芸員(発表時))をはじめとして、天野和夫、佐藤守弘、はがみちこ研究員の面々が集合し、財団からは、原田平作理事長と岸文和理事が参加しました。また、財団ホームページを通じて9名の方が参加を申し込まれ、田村友一郎さん(名古屋芸術大学准教授)が来場され、また、小出麻代さん(京都精華大学芸術学部非常勤講師)などがZ00M参加されました。今後も、奮ってご参加いただきますようお願いします。



渡辺さんの誘導で、壇上で演説する羽目に陥った田村さん。土地固有の歴史や場所性に着目し、想像力を飛躍させてさまざまな事情を交差するユニークな活動を展開。渡辺研究員とは滋賀県立美術館の展覧会で協働し、アンディ・ウォーホルの《マリリン》と《電気椅子》に着想を得た作品、《消えた沈黙》を発表されました。ご多忙の中、来場していただき感謝します。
ZOOM参加の小出さん。「記憶」や「時間」にまつわるインスタレーション作品を制作されています。渡辺研究員とは、実は小出さんが学生時代からの知り合い。渡辺学芸員が当時アルバイトをしていたギャラリーで、作品を発表されていました。11月から尼崎市で個展を開催予定です。


渡辺研究員の発表テーマは「モノと展示と展覧会」です。渡辺研究員が自らキュレーションを担当された「生命の徴(しるし) - 滋賀と「アール・ブリュット」」展(2015年)と「ボイスオーバー 回って遊ぶ声」展(2021年)を手がかりにして、「展示」という行為について考えてみようという趣旨です。仮に、「展示」とは、誰かX(仲介者)が、誰かY(受容者)のために、何らかの空間に、かつ/あるいは時間軸に沿って、何らかのモノ(作品など)A・B・C・D・・・を配置することによって、それらのモノの向こうに、何らかのものZ(テーマ)を表象するコミュニケーション行為であるとしてみましょう。そうすると、「展示」について考えるということは、この定式に含まれた変数XYZとモノABCD・・・の関係について考えるというになります。その際、もっとも重要なのは、おそらくモノABCD・・・と何らかのものZ(テーマ)との関係でしょう。というのも、モノABCD・・・は、必ずしも作品に限定されるわけではなく、何らかのものZが産出するものであったり、Zと類似したものであったり、Zと接触するものであったり、Zの部分であったりするからです。いささか抽象的な言い方で申し訳ないのですが、渡辺研究員のお話を聞きながら、そんなことを考えていました。ともあれ、ひとりのX(仲介者)として、渡辺研究員が「展示」をするなかで抱かれた率直な思いをお聞かせいただき、そのご苦労が思いやられるとともに、羨ましくも、また頼もしくも感じた次第です。以下、渡辺さんご自身に、報告を行ってもらいます。(K)


「モノと展示と展覧会」

渡辺亜由美(滋賀県立美術館学芸員)


【趣旨】
今日の展覧会では、従来「作品」と見なされてこなかった様々なモノも展示の対象になっています。今年度のワークショップで紹介されたように、何かをつくるときに必然的に生まれる副産物、生活の中の日用品、多種多様な資料もその一部です。オーセンティックな美術作品に対するオルタナティヴであるこれらのモノは、これまでの「美術」あるいは「美術館」を異なる角度から照らす可能性を秘めた、美術(館)にとっての新しい価値観と言えるでしょう。同時にこれらの多様なモノは、展示方法や紹介の仕方如何で輝きもすれば、魅力が薄れてしまうこともあります。 私は学芸員として勤務する中で、様々な「モノ」を扱い、展示し、紹介しながら残す仕事に関わってきました。作家と協働してつくりあげた作品。美術館や博物館のコレクション。地域のお寺が長く守ってきた仏教彫刻。障害のある人たちがつくった造形物。美術館職員が日々の仕事の中で残してきた資料。今回のワークショップでは、これらのモノを展示するにあたり参考にした先達の仕事や研究をはじめ、経験から学んだ課題について話題提供をします。 展覧会は、独立した単発のイベントではありません。展覧会をつくることは、美術史という大きな文脈や同時代の動向を分析し位置づけながら、展示空間が消えた後も作品たちが未来へドライブしていく方法を考えることです。ワークショップを通じ、これからの展覧会のあり方についてもディスカッションできればと思います。(渡辺)


【報告】
今回の発表では、次の2つの展覧会を軸に話題提供を行いました。

1.「アール・ブリュット」を展示する
事例:「生命の徴 - 滋賀と「アール・ブリュット」」(2015)

アール・ブリュット/アウトサイダー・アートの展覧会では、大量の作品を紹介する物量展示の手法を取ることで、つくり手自身の日々の行為や旺盛な創造力にフォーカスするキュレーションが散見される。(※1)。企画当時の発表者は、そうした展示とは距離を置き、作品1点1点に向き合える「一般的」な近代美術館的展示を試みることで、アール・ブリュット展示のステレオタイプに疑問を呈そうとしていた。その試みはある意味で成功したのだが、同時に「展示空間がおとなしい」という指摘をしばし受けた。何より発表者自身が、そのように感じた。本展は発表者にとって、作品には、作品を輝かせるのに適した展示方法があるという、当たり前のことをに気付かされた展覧会だったことを報告した。

2.ジャンルレスに展示する
事例:「ボイスオーバー 回って遊ぶ声」(2021)

美術館のリニューアル記念展となった本展では、美術館が所蔵する多彩なジャンルを越境させ、さらに作家との協働を行うことで、収蔵品や美術館の新たな見方を探ることを試みた。形式としては近年多くの国内美術館で行われている「コレクション×アーティスト」と「ジャンルレス」展示の手法を取った。「ジャンルレス」展示に関しては賛否両論あったが(※1)、こうした形式の展示は、言葉による説明(展示の意図)をクリアにする重要性に加え、照明を含めた全体の空間の説得力をいかに担保し、かつ鑑賞者に伝えられるかが問われることを実感した。「コレクション×アーティスト」では、各作家が何をどのように見せる/魅せるのかを明確に設定したことで、コレクション、そしてそれぞれの作家自身の個性がしっかりと見える作品展示となった。作家たちとの仕事を通じ、発表者自身も作品や美術館のまったく知らなかった一面にたくさん出会うことができた。
(本展の詳細はこちらを参照)

今回の発表では、発表者が滋賀県立美術館で担当したいくつかの展覧会を例に、展示の現場で起こる様々な難しさや面白さについて話題提供をしました。そして少なくとも発表者にとって、展示はまず「モノ」、あるいはモノを生み出す「つくり手」、そして展示を見る「来館者」ありき、という当たり前のことを、改めて確認する機会となりました。コンセプトはもちろん重要ですが、展示をつくる際に頭の中心にあり、展示室で一番輝いてほしいのは、作品や資料、そのつくり手たる作家たちです。たとえそれらが従来の「アート」の枠組みに捉われないオルタナティヴなものであったとしても、考え方は同じです。そして作品や資料が質量を伴う現実のモノである以上、例えば照度や温湿度を含めた室内環境をどのように設定するかは非常に重要な問題であることを報告しました。
今回のワークショップには、作家の田村友一郎さんと小出麻代さんがご参加くださいました。田村さんからは、各地の美術館で経験されている収蔵品を扱った作品制作の経験ついてお話をいただき、アーティストが美術館に入り、収蔵品や美術館の歴史/事象と出会うことで起こる化学反応ついて話題が広がりました。小出さんからはアーカイブの残し方についてご質問をいただきました。その後の議論では、そして美術館・作家の両者が「何を残すか」まで話し合い、了解の上で作業を進めていくことが理想であること、しかし現実的には難しい作業であることが話されました。
展覧会はコミュニケーションの場であり、本来であればすべての人に開かれた場であるはずです。しかし実際に「すべての人」を対象にすることは限りなく難しいことを、私は自覚しています。それでは誰に対して何を伝え、何を残す場が展覧会なのか。それは、どのような方法で実現できるのか。これからも、現場での実践を通じて考えていきたいと思います。

(※1)
アール・ブリュット/アウトサイダー・アートにおける物量展示は時に、つくり手や作品のエンパワメントである以上に展覧会を企画したキュレーター自身のエンパワメントになりうる、という佐藤真美子の指摘は示唆に富む。(佐藤真美子「「選ばない」キュレーション」(『民族藝術学会誌 arts/』vol.36、民族藝術学会、2020年、pp.228-231)

(※2)
建築家の周防貴之は「ボイスオーバー」展に対し、多様な作品が並置される空間では「読み取り方の作法や背景を知らないと味わえないという意味において、何か古典文学の文体に接しているような感じさえ受ける」と述べ、後半のゲストアーティストのプレゼンテーションについては「それぞれの方法で空間的に現代語訳されているため親しみやすいものだった」と評している(周防貴之 「声を聞くこと、空間を捉えること」『新建築』2021年11月)。また翻訳家・執筆家のコリン・スミスは新旧の作品を併置する本展の試みを独自の視点で読み解く興味深いレビューを寄稿している。
(詳細はこちらを参照)
展覧会企画者としては、このようなさまざまな見解や批評があったこと自体がとても興味深く、得難い意見を残してくださったことに深く感謝している。(渡辺)



【連絡先】

きょうと視覚文化振興財団事務局

〒611-0033 宇治市大久保町上ノ山51-35
Tel / Fax:0774-45-5511