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視覚文化ワークショップ 視覚文化ワークショップ

2024年度視覚文化ワークショップ
第1回 「日本舞踊 上方舞山村流舞踊家山村侃氏レクチャー+トーク」

【概要】
日 時:10月15日(火)の午後3時から
場 所:近畿大学東大阪キャンパス
教 室:EキャンパスA館

研究員:
■林公子
近畿大学名誉教授。1990年4月から2023年3月まで近畿大学文芸学部で教鞭をとる。芸術学科舞台芸術専攻。専門は近世芸能史(歌舞伎)。
■井面信行
近畿大学名誉教授。1990年4月から2020年3月まで近畿大学文芸学部で教鞭をとる。芸術学科造形芸術専攻所属から、2016年に文化デザイン学科に移籍。専門は感性学(美学)、芸術学。現在、「公益財団法人きょうと視覚文化振興財団」理事

ゲスト:
■山村侃(かん)氏
上方舞山村流舞踊家。1992年、山村流宗家の次男として大阪に生まれ、父の六世宗家山村若襲名披露舞踊会にて初舞台。山村流宗家一門の会『舞扇会』に出演、また後見等を務め修行。2022年、宝塚歌劇『心中・恋の大和路』にて振付デビュー。大阪文化祭賞奨励賞・文化庁芸術祭賞優秀賞受賞。2016年、近畿大学文芸学部卒業。

左から林公子さん、山村侃さん、井面信行さん


【次第】
第1部 山村 侃講演「上方舞山村流の「舞」について」

日本舞踊について(日本舞踊とは/日本舞踊の三要素[舞・踊・振]/歌舞伎の成り立ち/歌舞伎舞踊の発展/歌舞伎舞踊から日本舞踊へ/日本舞踊と上方舞/上方とは/上方文化と上方舞/上方舞と地唄舞)
上方舞山村流の歴史(山村流とは)
山村流と歌舞伎(流祖・初代山村友五郎/変化物の流行/変化物とは/山村吾斗/吾斗好みのねりもの/舞扇斎吾斗へ)
山村流の技法(構え/摺り足/手の動き/端唄『夕暮れ』/山村流の扇使い/小唄『松尽くし』)
第2部 トーク+質疑応答
    山村侃/林公子/井面信行

【報告】
本年度から、ワークショップのあり方が変わりました。大学や美術館などに出向いて、財団が委嘱する研究員の方々にファシリテーター(進行/促進役)を務めていただき、視覚文化に関する問題を提起し、ゲストを招聘するなどして、議論を深めてもらおうというわけです。その第1回のテーマは舞踊。恥ずかしながら、これまで、きちんと向き合ってこなかった伝統芸能のジャンルのひとつでしたが、侃さんが実際に舞って、自ら説明するという機会に恵まれ、目から鱗。
上方舞は地唄舞と呼ばれているようで、まず、江戸時代に上方で流行した三味線声曲の一種である「地唄」があって、それに振りを付けたものが多いという。したがって、舞いを演じるときも観るときも、歌詞をしっかりと理解することがとっても大切。侃さんに言わせると、「舞う」とは「歌いながら歩くこと」というから、「観る」とは「歌いながら同道すること」とでもいうべきか。ということで、実演していただいた二曲のうちのひとつ『夕暮れ』の歌詞(端唄)をあげてみる。


 夕暮に 眺め見渡す 隅田川
 月に風情を 待乳山(まつちやま)
 帆上げた船が 見ゆるぞえ
 あれ 鳥が鳴く 鳥の名も
 都に名所が あるわいな

この曲は、山村流で最初に稽古する曲とのことで、身体の流れや視線の使い方を学ぶためであろう、歌詞も、隅田川で夕涼みをする人(私)が目にするもの、すなわち、隅田川⇒月⇒待乳山⇒帆掛け船⇒都鳥を次々に列挙するという、ずいぶんと分かりやすいものになっている。もっとも、四行目と五行目のつながりがちょっとむずい。「あれ 鳥が鳴く 鳥の名も(「の」が正しいとも)」の鳥が「都鳥」、すなわち、東下りの業平が都に残してきた女性のことを想い出す鳥(学名はユリカモメ)であることは分かるのだが、「都に名所が あるわいな」という部分がスッキリしない。別に「あれ 鳥が鳴く 鳥の名に 都の名前が あるわいな」という歌詞もあるようで、これなら私の胃の辺りもスッキリする。
ちなみに、永井荷風に『すみだ川』(1909年2月『新小説』掲載)という中編小説があって、これがどうやら『夕暮れ』に想を得たもののよう。俳諧師である松風庵蘿月(らげつ)が、瓦焼で有名な今戸(都鳥の名所だそう)で常磐津の師匠をしている実の妹を尋ねるという設定で、季節は、そろそろ秋の気配が感じはじめられる「八月もいつか半過ぎ」。
土手へ上った時には葉桜のかげは早や小(お)暗く水を隔てた人家には灯(ひ)が見えた。吹きはらう河風に桜の病葉(わくらば)がはらはら散る。蘿月(らげつ)は休まず歩きつづけた暑さにほっと息をつき、ひろげた胸をば扇子であおいだが、まだ店をしまわずにいる休茶屋を見付けて慌忙(あわて)て立寄り、「おかみさん、冷で一杯。」と腰を下した。正面に待乳山を見渡す隅田川には夕風を孕んだ帆かけ船が頻(しき)りに動いて行く。水の面(おもて)の黄昏(たそが)れるにつれて鴎(かもめ)の羽の色が際立って白く見える。宗匠はこの景色を見ると時候はちがうけれど酒なくて何の己れが桜かなと急に一杯傾けたくなったのである。
この一節を読んで、はたと気が付いた。侃さんが実演されたときはまったく気が付かなかったが、実は、youtubeにご父君・六世宗家友五郎師が演じておられる『夕暮れ』が、男舞と女舞の両方ともアップされていて、それを観ると、女舞の最初の方に、手に持った手ぬぐいで「汗を拭う」という所作がある。

女舞:https://www.youtube.com/watch?v=GlT06YznLeY
男舞:https://www.youtube.com/watch?v=P4CProT48-w&t=211s

侃さんがお書きになった論文「舞いの論理――上方舞・山村流」(公益財団法人きょうと視覚文化振興財団編集・発行『美術フォーラム21』第49号、醍醐書房販売、2024年)にも記されているのだが、その所作の意味がやっと胃の腑に落ちた。件の隅田川で夕涼みをする人(私)は、まず、土手に上がったのである。たしかに、ちょっとばかり汗をかかないと、隅田川を「見渡す」ことなどできるはずはない。眺望の開けた場所に立ってはじめて、「私」は「月を掬(すく)い」、「山を見上げ」、「遠くに浮かんでいる船を見つめ」、「鳥を見つけ/指差す」ことができるわけである。もちろん、舞踊は、「何かを見る」という私の動作を描写する(再現する)だけではない。「舞台上に無いものを自らの動作によって観衆に想起させねばならない」(88頁)から、時として、「私」によって見られるもの(対象物)をも描写(再現)する。腰を前後に揺すって船頭を演じたり、手を袖に入れて広げ鳥のポーズをしてみたりするのがそれである。

さて、山村さんが指さしているのは何でしょう。鳥かなあ。


もっとも、舞踊の神髄は、動作の意味(何をしている/演じているか)を伝達することだけにあるわけではない。動作の形(どのように動く/演じるか)、もっと言うと、動作の美的/感性的な質(どのように感じられるか)が肝要である。例えば、侃さんもしばしば使われていた「上品」といった言葉で指示される質がそれである。ただし、個々の曲にとって、動作の形、あるいは動作の美的/感性的な性質は、舞踊の目的(なぜ/何のために舞うか)、あるいは、役割とか機能といったものに従うことは注意を要する。例えば、『夕暮れ』は、「端唄物」の一種で、「本行物」「艶物」「作物」「景色物」などとは異なり、酒席の客人の情感に訴えて楽しませることを目的として舞われる。したがって、個々の動作の形は、この目的を達成するためにこそ、コントロールされるはずである。
個々の動作の質は多様であるが、一曲にとって支配的な質というものもある。また、大雑把ではあるが、流派にとって支配的な質というのもあるにちがいない。そのような点からすると、山村流の舞いを指して、「上品」とか「優雅」とかというだけでは十分ではないように思う。他の流派との、また、他の古典芸能との差異がはっきりしないことによって、山村流の個性が明晰・判明なものでなくなるからである。
近世風俗史の基本文献で、喜田川守貞が天保年間に記した『守貞謾稿』は、三都の「趣味」を比較して、次のようにいう。


京坂は男女ともに艶麗優美を専らとし、かねて粋(すい)を欲す。江戸は意気(いき)を専らとして美を次として、風姿自づから異あり。これを花に比するに艶麗は牡丹なり。優美は桜花なり。粋と意気は梅なり。しかも京坂の粋は紅梅にして、江戸の意気は白梅に比して可ならん。

これを現代語訳すると、次のようになる。


京都と大坂では、男も女も、艶麗優美(容姿が華やで美しいこと)を第一にして、次に粋(気風がさっぱりとし、洗練されていること)を兼ね備えようとする。それに対して、江戸では、心意気が第一で、美しさはその次だから、姿形の感じが少し違う。このことを花に例えると、艶麗は牡丹、優美は桜、粋と意気は梅である。しかも、京都と大坂の粋は紅梅で、江戸の意気は白梅にたとえてもよいだろう。

江戸と上方の趣味を、外面/内面の対立として、しかも、主/従の関係において把握しようとする、まことに柔軟な発想であるが、上方の趣味は、どこまでいっても「華やか」というのがミソ。上方に、あるいは大坂/大阪に固有といわれることのある「はんなり(上品で、明るくはなやかなさま)」という美的/感性的質も、この文脈で理解する必要があるだろう。(K)

【会場】

近畿大学の方々にはお世話になりました。
大きな教室に、文芸フェスタ委員の先生方をはじめ、大勢の学生さんに集まっていただきました。
百聞は一見に如かずということで、貴重な機会になりました。
感謝します。

【連絡先】

きょうと視覚文化振興財団事務局

住所 : 〒607-8154 京都市山科区東野門口町13-1-329
電話 : 075-748-8232