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視覚文化ワークショップ 視覚文化ワークショップ

2025年度視覚文化ワークショップ
第1回 シンポジウム「日本のアール・デコとモダンガール」

【概要】

日時:2025年12月6日(土曜日)午後1時30分から
場所:京都芸術大学瓜生山キャンパス望天館1階BT11教室
主催:大正イマジュリィ学会
協賛:公益財団法人きょうと視覚文化振興財団

【趣旨説明】
日本のアール・デコとモダンガール/熊倉一紗(大阪成蹊大学)

100年前の1925年、パリにて「現代産業装飾芸術国際博覧会」が開催された。デザイン様式である「アール・デコ」は、この博覧会名に由来する。アール・デコは、1920年代〜30年代にかけて流行し、小さな香水瓶からポスター、ファッション、建築にいたるまで幅広い分野の現象として都市の大衆に消費された。アール・デコに関する文献や展覧会は少なくない数が存在する。しかしながら、日本のアール・デコに関する研究となると、それほど多いわけではない。
また、アール・デコデザインにおいて表象されている特徴的な対象として女性が挙げられる。大阪中之島美術館で開催された「新時代のヴィーナス!アール・デコ100年展」(会期:2025年10月4日〜2026年1月4日)も女性との関係がテーマであった。日本における「モダンガール(=モガ)」は断髪、ハイヒール、キネマにスポーツを好む開放的かつ享楽的な若い女性をさし、1920年代後半に隆盛をみせ、アール・デコの流行期と合致する。
本シンポジウムでは、これまであまり語られてこなかった日本におけるアール・デコ、とりわけモダンガールとの関わりに注目した。具体的に述べれば、アール・デコでは、モダンガールは数多くの分野で表象されてきた。それはまさに見られる眼差しの対象としてあった。しかし、それだけでなく、モダンガールは主体として、さまざまなモノの消費者でもあった。日本のアール・デコデザインにおいて、モダンガールはどのように表象されてきたのか、また主体としてのモダンガールは、どのようなモノを消費していたのか。日本におけるアール・デコデザインを基点として、表象としてのモダンガールと、主体(=消費者)としてのモダンガールの交差点を、ファッション、文芸雑誌『女性』『苦楽』の表紙、広告の3つの分野を例として明らかにすることが本シンポジウムの狙いであった。

【発表】
「機械・速度・直線 アール・デコの時代と〈モガ〉の身体」/百々徹(大阪成蹊短期大学)

本発表は、1920〜30年代の近代社会を、「曲線/直線/曲面」という造形原理の変化を手がかりに、女性身体とファッション、さらには社会の価値規範の変容という観点から再検討するものである。第一次世界大戦後、フォードによる大量生産、都市の高速化、ジャズのリズムに象徴されるマシン・エイジの到来は、人間の感覚様式と身体観に大きな転換をもたらした。装飾的で有機的な曲線を特徴とするアール・ヌーヴォーは後景化し、合理性と機械性、高速性を体現するアール・デコの直線が支配的な造形原理となる。この転換は、ギャルソンヌやモダンガールに象徴される「直線の身体」を生み出し、家庭的・従属的女性像の解体と、公的主体としての女性像の浮上を促した。さらに世界恐慌後には、流線型=曲面が新たな理想のイメージとして広範に浸透し、速度・効率・空気抵抗の最小化という思想が、工業製品のみならず身体観や女性美の規範にも及んでいく。そこでは優生学的言説とも結びつき、女性身体は合理化・規格化の対象として再構築された。本発表は、曲線・直線・曲面という線=ラインズの変遷を通じて、近代が人間と身体をいかに構想し、形成してきたのかを明らかにすることを目的とする。



『メトロポリス』(フリッツ・ラング監督,1927)より


【発表】
山六郎と山名文夫がつむぎだすアール・デコの女性たち/西村美香(明星大学)

1920年代より大阪の小さな出版社プラトン社において、当代流行りのアール・デコ様式の洗練されたイラストレーションでつぎつぎとモダンガールをつむぎだした山六郎と山名文夫についての発表。 山と山名はフランスのファッション・プレートを手本に、最初はそれらを真似るところから始まり次第に自分のものとしてゆき、雑誌『女性』『苦楽』の表紙や扉絵、カットなどをアール・デコ調の女性像で彩った。時代は女性の社会進出、地位の向上などが叫ばれた大正デモクラシーの時代であった。プラトン社は中山太陽堂(現クラブコスメチックス)を親会社に、雑誌『女性』や『苦楽』によって化粧をはじめとする女性風俗や女性文化を啓蒙しようとした。『女性』は総合文芸雑誌、『苦楽』は大衆娯楽雑誌と発展するが、文芸や映画、ファッション、化粧、出版などの見地から時代を切り込むものであった。表紙を飾る山らのイラストレーションはそれらを伝えるべくヨーロッパ調の舶来なものから和風のモダンガールまで、日本にアール・デコ様式が伝播する一翼を担うものであった。



山六郎「表紙絵」『女性』第10巻第5号、大正15年(1926)11月


【発表】
「広告の中のモダンガール―アール・デコデザインとの関係から」/熊倉一紗(大阪成蹊大学)

本発表では、大正末期に発売された「ヘチマコロン/ヘチマクリーム」の広告、とりわけ、『主婦之友』における裏表紙広告に焦点をあわせて考察した。『主婦之友』における裏表紙広告は、1930年代に入ってから1932年12月号まで多田北烏(1889〜1948)による桃谷順天館が占めていた。笑顔を見せる顔、柔和な筆致の女性像はまさに「美人画」ポスターを彷彿とさせるものである。ところが、1933年1月号から広告主が「ヘチマコロン/ヘチマクリーム」に変化すると、描き手も一変する。抽象的かつ単純化された顔の造作や繊細な輪郭線、ベタ塗りにされた色面で笑顔を見せない女性像となったのである。それはまさに、アール・デコ様式で描かれたものであった。前年から劇的変化を遂げる1933年の1年間における雑誌『主婦之友』のヘチマ裏表紙広告の制作者は誰だったのか。また、誰に対してどのようにヘチマコロン/ヘチマクリームをアピールしようとしたのか。本発表ではそれらが河野鷹思(1906〜1999)および斎藤太郎(1911〜没年不詳)によるものであること、彼らの斬新なイラストレーションを採用することによって、読者である新中間層女性たちに、ヘチマコロン/ヘチマクリームを使用すれば、美しく個性的なモダンガールになれると訴求していたと結論づけた。

『主婦之友』1933年2月号
『主婦之友』1933年3月号


【連絡先】

きょうと視覚文化振興財団事務局

住所 : 〒607-8154 京都市山科区東野門口町13-1-329
電話 : 075-748-8232